名古屋市港区の歯科医院

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歯学部入学まで

生まれも育ちも名古屋市西区です。名市大附属病院第一外科(消化器外科)で助教授(現在でいう准教授)として勤務していた父に憧れ、ものごころついた頃から父の様な外科医になることを夢見ていました。しかしながら「半端ない勉強嫌い」で小学校・中学校は無試験で家から歩いて通える公立校、高校は三流の県立高卒です。なにしろお話にならない成績だったので国公立大学医学部受験などとうの昔に諦めて現役では国立山形大学工学部を受験しました(オートバイが大好きだったのでエンジニアになってオートバイ開発関連の仕事に就きたいと思っていました)が見事に滑りました。一浪して国立三重大学(鈴鹿サーキットに近い)・国立群馬大学(筑波サーキットに近い)に落ち、やむなく2次募集で入学したのは国立秋田大学・鉱山学部(現在の理工学部)・機械工学科です。入ったサークルはもちろん「モーターサイクル部」。そして毎日、交通量の少ない早朝5時に起きてレーシングスーツを着、バイクで峠を攻めてから大学に通う日々を送ってました。いつかレースに出てやろうと本気で練習してました(サーキットは鈴鹿と西仙台ハイランドに走りに行きました。どれだけオートバイを寝かした状態で加速してもほとんどタイヤが滑らなくて「一般公道との違い」に驚いたものです)。しかし、2年生の時にアクシデントが起こります。そうです「事故」です。冬休みに名古屋に帰省してバイトに行く途中、事故でバイクから放り出されてしまい(20mは飛んで道路を滑ったと思います。宝物のバイクは全損廃車・・・涙)、意識はありましたが立つことが出来ず救急車で病院に搬送されました。検査の結果は「左鎖骨々折」。数日後に局所麻酔下で手術。キルシュナー鋼線(ステンレス製の長い五寸釘様のピン)を2本打ち込みました。するとどうでしょう、痛くて動かせなかった左肩関節が手術直後に事故前と変わらずに動かせる!!。これには衝撃を受けました。「やっぱり医者ってスゴイわ!!」と思いましたよ。そして・・・「自分はこのままでええんだろか??。周りにも、自分にも隠してきた子供の頃からの夢である『医師』を諦めたまま過ごす一度きりの人生・・・死ぬとき後悔せんだろか??」。悩んだ末、両親に医学部に入りたいと告げたところ、父は「国公立大しか行かせてやれんが1度だけチャンスをやる。でも1年精一杯頑張ってダメだったら諦めないかんぞ」と言ってくれました。本当に嬉しかったですね。父以外は「寝言は寝て言え」って感じで呆れていましたから。冬休みが終わりに近づき新学期が始まろうとする頃、秋田に戻ってからはアパートに籠って独学で猛勉強(いわゆる「仮面浪人」というやつです)。なにしろ時間がありません。目標は国公立大で1番偏差値の低い国立琉球大学医学部だけに絞って(学費の問題で私立大学は不可)最も適していると思う内容で勉強しました(歯を磨く時間を惜しんだせいで、恥ずかしながら虫歯だらけになってしまって受験の際は痛み止めのお世話になりました・・・)。寝る事(午前0時から朝6時まで)だけが楽しみでしたね。今、思い返しても、あの1年弱(実質10か月くらい)は本当にキラキラ輝いて見えますね。全くとは言いませんが悔いはありません。あの情熱・集中力・パワーを発揮出来た事は今でも自分にとって1番の誇りです。さて、結果ですがセンター試験は800点満点中の681点(100点満点に換算すると85点ですね)。予備校の合格判定は河合塾、代ゼミともにB判定(代ゼミの判定では合格可能性51%)。チャンスは1度だけですから本当に悩みました。悩みに悩んだ末、「ビビり」の私は志望を医学部から歯学部に変更することにしました。歯学部でも卒後、口腔外科に進めばやることは医師と変わらないと知ったからです。口腔外科医になる前提での歯学部受験でしたね。そして長崎大学と鹿児島大学の歯学部に合格しました。周りには本当にビックリされました。「あのヒロシが国立大歯学部に合格?・・・ウッソ」って感じでしたね。当時の国立大歯学部は偏差値でいうと同じ大学の医学部より2くらい低いだけ(ちなみに当時の長崎大学医学部の偏差値は64~65位だったと思います)でしたから。合格が分かってすぐに秋田大学の教授にお別れの挨拶に行ったところ「受かっちゃったならしょうがないな・・・」と言われたのをよく覚えています。その後の夏休みに名古屋に帰省した時の事です。よせばいいのに代ゼミに「最新大学入試偏差値ランキング」を見に行ったところ、琉球大学医学部と長崎大学歯学部の偏差値が逆転しており、なんと長崎大学歯学部の方が琉球大学医学部よりランクが上になっていたのを見たときは膝から崩れ落ちそうになりました(今は歯学部に進んで本当に良かったと思っていますが)。結局、両親の希望もあって鹿児島大学より偏差値が高かった長崎大学の歯学部に行って私は「歯科医師」を目指して勉強し直すことにしました。その後ついてご興味がお有りの方は「歯学部卒業まで」をご覧ください。