名古屋市港区の歯科医院

電話予約
  1. ホーム
  2. 歯科医院勤務医時代

歯科医院勤務医時代

 

大学院を卒業し、再び国立浜松医科大学医学部付属病院の勤務医として歯科口腔外科の医局に戻る事になりました。この時、私は37歳になっていました。この先まだまだ長いであろう人生をどうするか考えた結果、1年間御礼奉公(こんな言い方・・・怒られますかね?)してから開業の準備にとりかかる事にしました。そして1年後に掛川市の歯科医院に勤務することになるのですが、その前に卒後2年目から2年間勤めた熱田区の歯科医院でのお話をさせて下さい。その歯科医院は私が結婚する際に仲人をしてくださった横井基夫先生(当時の名市大医学部歯科口腔外科教授)にご紹介していただいた医院でした。院長の下、私を含めて4人の勤務医を抱える大きな歯科医院でした。とにかく先輩ドクター達が親切な先生ばかりで、一般歯科治療の「勘所」を時には昼休み時間を削って教えてくださいました(水谷先生・藤野先生・奥井先生、そして今は亡き院長先生、本当にありがとうございました)。お陰様で浜松医科大学歯科口腔外科から配当されたアルバイト先の歯科医院で困った事は全くと言っていい程ありませんでした。今の私の一般歯科治療技術のほとんどはその時期に身につけた技術を基礎に新しい治療器具等を使って進化を重ね続けた内容であると言っていいと思います。そして話は浜松医科大学歯科口腔外科退局後に勤めた掛川市の歯科医院勤務時代に戻ります。その歯科医院も大きな医院でした。治療台は20くらいあったと思います。院長下、勤務医は総勢で5~6人いましたね。ほとんどは後輩ドクターで私は自分の担当患者さん達の治療をする傍ら、どうしても歯が抜けなくて困っている先生にアドバイスをしたり、時には代わりに抜いてあげてたりもしてました。勤務の傍らのんびりですが、開業の為の勉強をしたり候補地を探したりしていたところ、兄(当時、呼吸器内科医として総合病院の勤務医をしていました)から今のテナントを紹介してもらいました。とりあえず話だけでもと思って訪れたところ、「医療ビル」で空きテナントは沢山有るわ、大きな駐車場は有るわ、オーナーさんも気さくなとても良い方だわですっかり気に入ってしまい、トントン拍子に話が進んで「ここで開業」ということになり、平成20年4月1日に診療開始いたしました。その後は多くの患者さん達やスタッフ達に恵まれ、充実した日々を送らせていただいております。さて、これにて私の生い立ちコーナー終わりとなります。少しでも楽しんでいただけたなら本当に嬉しいです。長文にお付き合いいただきまして誠にありがとうございました。